目次

[1]2年夏 打率545!高打率を残した要因
[2]振り返りを大切にし、よりレベルの高いプレーヤーに
[3]目標とされるような選手になりたい

 今年は右の藤平 尚真(横浜)、左の寺島 成輝履正社)など左右に好投手が揃う世代だが、打者でトップレベルに位置するのが愛工大名電高橋 優斗選手だ。

 1年夏から公式戦に出場。そして2年夏には打率.545と驚異的な打率を残し、現在、高校通算39本塁打(取材時)を放っているスラッガー。確実性、長打力を兼ね備えた打撃に加え、安定した守備力を持ち、来年にかけて全国区で注目を浴びる可能性を持った高橋選手の成長過程を振り返ってみたい。

2年夏 打率545!高打率を残した要因

高橋 優斗選手(愛知工業大学名電高校)

 岐阜県土岐市で生まれ育ち、小学6年生では今井 順之助中京)とともにドラゴンズジュニアとしてNPBジュニアトーナメントに出場。岐阜の陶都ボーイズに所属し、岐阜県選抜にも選ばれた。
そんな高橋が甲子園を目指しその門扉を叩いたのは愛工大名電高校。

「中学を出て、寮に入りたくて、もっと野球に集中したいという思いを持っていました。一番野球に集中できる環境だと思ったのが愛工大名電だったんです」

 中学を卒業する時からすでに家元を離れる決意があったという高橋 優斗。その決意を実行に移し希望通り愛工大名電に入学。当時から打撃には自信があり、中学時代から素振りを欠かしたことがない。
「やはり自分に甘くなってはいけないので」

 そして1年夏から遊撃手として公式戦に出場。秋季大会後には三塁手に転向する。このコンバートは正解だった。遊撃手よりも三塁手の方が守りやすいという高橋。
「遊撃手は難しくて、ミスもあって、守備でミスが出ると打撃に影響するところがあったので、サードにコンバートをされて、守備も安定しましたし、打撃の調子も良くなったんです」

 努力家である高橋は、冬の期間は誰よりもスイングをした。結果が出ない時もあったが、辞めたらそこで負けと自分を戒め、振り続けてきた。そしてウエイトトレーニング、走り込みもしっかりとやってきた。
その努力の結果、1年生の時と比べると下半身ががっしりした高橋。入学当時の178センチ75キロから179センチ80キロまでサイズアップ。体づくりに徹した冬を越えて、打球の質が変わった。

 1年秋までに16本の本塁打を放つなどもともと長打力はあった選手だったが、これまで打球の方向はライトが中心だった。ところが一冬超えて、センター、レフトと広角に打てるようになったのだ。
しかしそれで満足することなく、努力を続けた。その原動力となったのは、1学年先輩の毛利 元哉、西脇 雅弥という2人のスラッガー。

「2人には劣るところはあったかもしれませんが、でも普段の練習からこの2人には負けたくないと思っていましたし、刺激になっていました」

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