第3回 聖望学園 2010年05月31日

加盟校4132校。
全国の高野連の加盟校数である。(2009年5月時点)
様々な環境の下、全国でこれだけの高校で球児達が毎日白球を追いかけている。
今月から新企画・「野球部訪問」は、全国津々浦々、様々な野球部を訪問。
頑張っている球児や指導者の高校野球への取り組みを紹介していく。
第3回は埼玉の聖望学園です。

聖望学園

【整列する聖望ナイン】

ルーテル系列の中高一貫教育の聖望学園。
埼玉県飯能市中山292
生徒数 974名
男子 599名
女子 375名
併設に聖望中学がある。

埼玉県西部にあり、70%が森林と言う緑豊かな飯能市にある聖望学園。
人口8万弱であるが、プロ野球選手を生むなど昔から野球が盛んな地区である。

1999年の甲子園初出場時には、前夜の大雨にも拘らず、応援バス65台を連ねて甲子園に駆けつけた。
中には、野球部関係者の他地元の市民、特に年配の方の多く見られ、市民を上げて応援する姿があった。

野球部は1982年創部され今年で28年目を迎える。
激戦の埼玉県で、最近10年間で4回の甲子園出場、2003年ベスト8、2008年選抜は準優勝と着実に力をつけている。甲子園常連校の浦和学院と6勝6敗と互角、特に夏大会は3勝1敗で、3勝はすべて甲子園に出場している。
反面、2年連続で初戦敗退を喫するなど、「不思議なチーム」。

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指揮官・岡本幹成

【岡本幹成監督】

24歳で就任した岡本幹成監督。大阪の桜宮高校から東北福祉大と、大学野球界の名監督と言われた伊藤義博氏を恩師と仰ぎ指導者の道を進んだ。
「グラウンドもあるし、選手さえ集まれば」何とかなると考え、5年で結果を残そうと決意し、熱血漢の青年監督ほ生活面からスバルタ方式で鍛え上げていった。
1991年、門倉健(プロ野球元巨人・現韓国SKワインバーズ)や小野公誠(元ヤクルト)らを擁し、強豪校の仲間入りを果たしたが、強豪春日部共栄の前に、春、関東、夏と決勝で3連敗を喫した。

この戦いで甲子園への手応えを感じが現実は違った。ここから暗く長いトンネルが始まった。
4回戦、初戦、それ以降もペスト4が最高で甲子園への道のりは遠かった。
「何が足りないのかを考えるのも怖かった」と心の中で苦悶が続く。

埼玉高校球界で2番手グループに甘んじていたが覚悟を決めた1997年。
「あと2年で甲子園に行けなければ監督を辞める」腹をくくったら、何かが吹っ切れた。
「俺が選手を甲子園に連れて行く」から、「俺を甲子園に連れて行ってほしい」と気持ちも変わった。
それまでの厳しい指導から選手の自主性を重んじるようになり、頭こなしに選手をしかりつけるようなことはなくなった。
「勝ち負けより、自分の心に残る納得できるチームをつくりたい」。との思いが強くなっていた。

モットーは「けじめある自由」。
「動物園じゃなくて、サファリパーク。頭髪は自由。ジュース飲むな、お菓子を食うなとか言わない。
選手は普段、好きな音楽を流しながら打撃練習をしている。
「サファリパークには一見檻はないし、選手は自由に個性を発揮できる。
でも、外に出ようとすると、大きな電流が流れるぐらい怒る。
社会に出て必要なのは「けじめ、人生を歩む上で、我慢の大切さだけは覚えて欲しい」と語る。

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不思議なチーム

【気合を入れる聖望ナイン】

1999年甲子園初出場。春大会で春日部共栄、浦和学院、花咲徳栄などの甲子園出場の強豪校を下し優勝。

勝負をかけ望んだ夏。全員3年生で固めたチームで大宮東、春日部共栄。埼玉栄に3連続サヨナラ勝ちと勢いに乗り、決勝は浦和学院。2点先行されるが、4回から鳥谷(プロ野球・阪神)が無失点リリーフ、中盤に6点をあげ逆転、6-2と初優勝を果たした。2003年、エースが全7試合を完投。準決勝は、「10回戦って9回は負ける」(岡本監督)の浦和学院が相手。

前年に続き連覇確実と評判も高く、投手は県内随一でプロ指名のエース、同点の9回2死走者無しから、3・4番の連打でサヨナラ勝ち。決勝も春日部共栄を3-0と完封。2度目の甲子園キップを手にした。

チーム打率が甲子園出場校の40番以下の打率で望んだ甲子園の初戦、バスターの構えから、2本塁打17点と大会記録に並ぶ得点を挙げ快勝。名門・天理にも7-3で勝ちベスト8へ進出。江の川には1-2で敗れたが、10試合を一人で投げ抜いたエースと堅い守りが光った。
2008年、選抜準優勝。エースを中心に、守りを固め最小失点に留め、少ないチャンスを確実に得点に結びつけ、守りの全員野球で勝ち抜いた。大会前、PL学園との練習試合で、エースの豪速球を見た年配のPLファンから「打たせてやれよ!」と声がかかるほどの好投を見せ、選抜での活躍を予感させた。
2009年、前評判は皆無だったが、チーム方針は徹底した守備と積極的な走塁。打率1割未満でも出塁率4割の2番を起用。同点の2死から本塁盗塁を要求する走者に答える監督。エースの成長もあるが、「練習は嘘をつかない」を合言葉に弱点を克服、基本練習(守備、走塁)を諦めずに繰り返したチーム力が甲子園への夢を掴んだ。

【岡本監督の指示に耳を傾けるナイン】

監督の持論は、3つの性格野球。
【猪突猛進派】 野球以外は何も考えない「野球小僧」。確実性は劣るが予想外のプレーをする。
【先読み冷静派】 試合の展開や自分の能力を冷静に見つめ慌てない。信頼できるが臨機応変な対応が苦手。
【風見鶏派】 試合の流れを掴み、どちらにも付く。この3つの性格の子がいるチームを組むのが理想だと言う。

素質のある選手と勝てる選手は違う。
選手の才能は勿論だが、打力は相手投手次第で計算出来ない。これに比べ、守備、走塁などは練習量に比例して確実に伸びる。いかに我慢して基本練習に耐える精神力を養うかにかかる。

甲子園出場校に集まる生徒は、小さい頃から野球に取り組み実績もある。それをゼロから鍛え直し、チームプレーを徹底させるのは至難の業。一度負けたら次が無い事を徹底させる。
高校野球は我慢と自己犠牲のの上にチーム力が育つとも言われる厳しい世界。

2008年夏に屈辱を味わった。春の80回記念選抜大会で準優勝に輝き、優勝候補として自信を持って望んだ初戦。
エースが投げ、8-2の大量リードからまさかの逆転負け。2年連続初戦敗退となった。
選抜準優勝と県大会初戦敗退。天国と地獄を見た選手たちは言葉も無く涙を流した。
翌年に雪辱を果たし甲子園に出場したが、県大会の初戦後の監督談話「3度目の正直で勝てて良かった」が高校野球の難しさと面白さを端的に語っている。

何故か相手に合わせた野球をするチーム。強い相手には健闘するが、下位の相手にも苦戦し取りこぼしも多い。
試合中に欲が出るのは良いが、試合前から欲を出すと結果は出ないのがチ-ムの特徴。
選手は毎年変わるが、これだけは変わらないようだ。今年も「不思議なチーム」の伝統は続くだろうか?

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