第1回 県立向陽高等学校2010年03月21日

加盟校4132校。
全国の高野連の加盟校数である。(2009年5月時点)
様々な環境の下、全国でこれだけの高校で球児達が毎日白球を追いかけている。
今月から新企画・「野球部訪問」は、全国津々浦々、様々な野球部を訪問。
頑張っている球児や指導者の高校野球への取り組みを紹介していく。
第1回は第82回選抜大会に21世紀枠で出場する和歌山県立向陽高校です。

県立向陽高校

向陽グランドのベンチ。野球部員が毎日、目にする硬式野球部七箇条の中にこんな文言がある。
『野球ができる平和な社会と、育てていただいた親に感謝せよ』。
野球ができる喜びという言葉は、今でも多くの野球人が使う。しかし、野球ができる平和な社会という言葉は、現在の野球界にとって忘れがちになりやすい。

JR和歌山駅から車で7、8分、徒歩でも約20分で着く場所に県県立向陽高等学校がある。学校は1915(大正4)年、県立海草中学として開校した。野球部はその6年後、1921(大正10)年に産声を挙げる。

戦前の海草野球部の歴史は凄まじい。1929(昭和4)年、夏の第15回大会、それまで無敵を誇っていた和歌山中学(現桐蔭高)を破り甲子園に初出場。いきなり準優勝まで上り詰めた。1931(昭和6)年から3年連続出場など、毎年のように出場校に名を連ねた。そして、1939(昭和14)年、第25回夏の大会で一人の投手が大きな偉業を成し遂げた。
嶋清一。下級生の頃から剛速球投手として注目されていたが、気の優しさ、重圧に弱いという性格が災いし、自身の不甲斐ない投球で甲子園では勝ちきれずにいた。それが最後となった4度目の甲子園で持っていた才能が覚醒。強靭な左腕から投じられる剛速球と垂直に落ちるかのような『懸河のドロップ』を武器に全5試合を完封。さらに準決勝、決勝はノーヒットノーランを達成し、初優勝を飾った。

翌1940(昭和15)年は真田重蔵をエースに連覇を達成。野球王国和歌山に大きな歴史を残した。
しかし戦局が激しくなった1945(昭和20)年3月、悲報が届いた。
『嶋清一戦死』
明治大学に進学していた嶋は野球部の主将を務めていたが、学徒出陣によって海軍に応召、悲業の死を遂げた。わずか24年あまりの人生だった。
その約5ヶ月後、忌まわしい戦争は終わりを告げる。
ほどなくして中断していた高校野球は再開。戦後の復興とともに、高校野球の盛り上がりも大きくなった。
学制改革で海草中は向陽高と名を改めた。戦後の初出場は1965(昭和40)年の選抜。以降9年間で4度選抜に出場するが、夏は甲子園までたどり着けない。そして春の出場も1974(昭和49)年を最後に途絶えてしまった。

時代は平成。2003(平成15)年、石谷俊文副部長が監督に就任する。和歌山大会でも上位進出が少なくなっていた野球部に、石谷監督はあえて過去の栄光を話すことはしなかった。
「今の子供たちには押しつけたくない」。

しかし転機が訪れる。2005(平成17)年夏の甲子園。和歌山大会で敗退していた向陽野球部にある知らせが届いた。戦後60年を記念して当時の主将が開会式の先導役に抜擢されたのだ。時を同じくして、マネージャー室から古い資料がたくさん見つかった。その中にあったのが、写真にある嶋清一氏直筆の手紙と練習日誌。

運命を感じたのか、石谷監督は過去の歴史を選手たちに話はじめた。嶋さんの伝記本も読むようになった。
現在の3年生が入学した2008(平成20年)、嶋清一氏の野球殿堂入りの表彰式が夏の甲子園の最中に行われた。明らかに、選手の取り組みが変わってきた。
『甲子園に出たい』
西岡俊揮現主将は「僕も入学するまでは、過去の歴史は知りませんでした。この学校で文武両道を実践したいと。甲子園も行けたらいいなというくらい。でも嶋さんの表彰式を見て、偉大さを肌で感じた」と話す。
学校は2006(平成18)年に文部科学省からスーパーサイエンス・ハイスクールの指定を受け、理数系に特化した環境科学科を中心に高いレベルの研究や実験に取り組み、高い知識と技能を育んでいる。野球部員も4人が同科に所属。文武両道を目指している。

西岡主将も同科の所属ではないが、将来の夢を医師と話している。
文武両道は『高校野球は「人間形成への道」と思って精進せよ』という七箇条の最後の一文に通じている。
昨年は春の県大会で48年ぶりの優勝。しかし続く近畿大会は新型インフルエンザで中止になった。石谷監督は「今思えば、県で優勝し、近畿でレベルの高さを痛感して夏に挑むはずが、それができなかった」と話す。夏は初戦敗退に終わった。

悔しさを持った新チームは秋の県大会で準優勝。今度こそ近畿大会に出場した。
初戦で天理に敗れたものの、1点差と健闘。歴史、実力、文武両道などが評価され、21世紀枠として選抜に選ばれた。
向陽の新しい歴史を作りたい」西岡主将の言葉は多くの先輩への尊敬の念も込められている。
予定通りなら初戦は22日。高田恵雄部長は「(振替)休日ということもあり、どれだけの方が応援に来られるか予想ができません」とうれしい悲鳴をあげている。
相手は中国大会優勝校の開星。実力は遥かに上だが、大観衆をバックに、一泡吹かせるつもりだ。

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