第32回 元プロ野球選手が指揮する湖東リトルシニア(滋賀)。チーム発足わずか8年で全国大会に出場できたワケ【前編】2020年04月02日

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【目次】
[1]元プロ監督が最初に苦労したのは設備の確保
[2]高校でどのポジションでも守れるように全員が二遊間の守備練習をする

 チーム設立が2012年と歴史は浅いが、これまでに5人の海外派遣選手を送り出すなど、確かな育成力を誇っている湖東リトルシニア。昨年もエースの南琉人がMCYSA全米選手権の日本代表に選出されている。

 現チームも中学生硬式野球・関西No.1を決める第15回タイガースカップに出場。新型コロナウイルスの影響で8月に延期となったJA共済杯第26回日本リトルシニア全国選抜野球大会の出場権も獲得している。

 着実に成果を出している湖東リトルシニアはどのようなチームなのだろうか。

元プロ監督が最初に苦労したのは設備の確保



湖東シニアの練習風景

 チームを立ち上げたのは村西哲幸監督。高校時代は比叡山のエースとして3年時に春夏連続甲子園に出場している。卒業後はドラフト3位で横浜ベイスターズに入団し、7年間のプロ人生を歩んだ。

 引退後は彦根市で野球塾の「彦根ベースボールアカデミー」を開校したが、「野球だけでなく、社会に出て行くまでの教育を含めた野球チームを立ち上げよう」と現在はコーチ兼統括部長の窪田辰徳とともにクラブチームの立ち上げを決意。2011年1月に立ち上げ準備を始め、翌年4月にチームが始動した。

 最初に苦労したのはグラウンドの確保だった。
 「どうしても硬式野球となると、場所を確保するのが大変なので、最初の2年間は色んな場所を借りて限られた中での練習でした」と村西監督は当時を振り返る。それでも2012年12月に東近江市に本社を置く株式会社関西オークラのグラウンドを練習場として使えるようになり、現在は恵まれた環境で練習を行うことができる。

 1期生の卒団生はわずか4人だったが、2期生以降は10人前後の選手が集まるようになり、現在は新3年生が12人、新2年生が8人所属している。

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