目次

[1]送球が大きく変わっていた
[2]大分商の3年間が大投手の下地を作った


 広島東洋カープの若きエースとして長く活躍を期待されるのが森下 暢仁大分商出身)だ。大分商時代は甲子園出場はなかったものの、世代を代表する好投手として注目を集め、U-18代表に選出。そんな森下だが、高校時代の恩師の渡邊正雄監督によると投手としての成長は予想以上だという。

送球が大きく変わっていた


 「最初から森下は投手をやらせるつもりはありませんでした」
 渡辺監督はそう説明する。

 中学時代は投手兼野手で、高校でも遊撃手。渡辺監督としては「一流の遊撃手として上のカテゴリーでも勝負できる選手になってほしいという思いで指導をしていました」と語るように高校時代のほとんどは打撃、守備練習。森下も大学3年時のインタビューで、打撃練習、守備練習が中心だったと語るように、渡辺監督も高校生活の大半が野手中心の練習だったと語る。投手に専念するまでショート以外にも外野手などいろいろなポジションを守っており、森下の1学年上にはソフトバンクで活躍する左腕・笠谷 俊介がいた。

 渡辺監督が投手に専念させ、覚醒を予感させるエピソードがあった。それはある日の守備練習のことである。
 「ショートとして投げていたボールがなんだボールは?という形でしたので、投げることに関してなにか掴んだと思い、ブルペンで入ったら140キロを超えるようなストレートを投げていたんですよね」



U18日本代表に選出された高校時代の森下暢仁

 こうして投手に転向した森下は球速が速くなった背景として、水球部と合同で行う水泳トレーニングや、10mほどの丸太を抱えて塁間を走る冬のトレーニングがあったようだ。投手転向後、「上から強く叩く意識」で投げることを実現するために、50メートルのキャッチボールを大事にした。森下はU-18代表に選出されるが、キャッチボールのポイントについてこう語ってくれた。
 「遠投はボールがシュート回転してしまうのであまりやらないのです。僕は50メートルぐらいの距離から上から振り下ろす意識で。ワンバウンドになってもいいので、どれだけ低い軌道で強いボールを投げられるかを意識してやっています」

 1つの練習にもしっかりと意味をもたせた森下の取り組みは実を結び、世代を代表する投手へ成長することとなった。その進化には渡辺監督には驚きを見せている。
 「入学時はもともと128キロぐらいだったのが、140キロを超えて、さらにストレートも速くなっていきました。その後の活躍を見ても、私たちが想定する成長ラインを常に超えていく。それが森下という選手でした」